2012/03/07

引き受け、考える態度。

3月、花粉が飛び始め。目が痒い。
目に飛んできたって子孫は残せないぜ?花粉の皆さん。
しかしまぁ3月か…早い、早すぎる。
年を経れば経るほどに時の流れは早く感じるという説はありますが、
さすがに早すぎやしませんかね?

早い早いとぼやいていると、本当に早いので、今日は1日確定申告関係の
書類を黙々と。パソコン、レシートの山とにらめっこ。
web申告もできるらしいですけど、何故か窓口で申請したいという無駄な拘り。


で、夜は兄の所属している劇団GAIA_crewの公演
「グッドモーニング・マイ・ヴィーナス」を観てきましたよ。
感想としては場面場面のトランジションが一手多く、
なかなかテンポに乗っていくのが難しく感じるも、公演を重ねるたびに
進歩している感じがしました。
物語も分かりやすく、個々のキャラクターも立っていて良かった。
ただ基本的なトレーニングを積んでいる役者とそうでない役者の差が
如実だったというのと、
アクション的な部分以外の仕草、動き、立ち方などの
身体の在り方は気になりました。
舞台は「台詞」だけじゃなくて、「身体」も伴っているから難しい、
そんなことを思わされました。
案外ラジオドラマ的なのかもしれない、とも。

今回気がついたのは、空間演出がクラブ的というか、
コンサートとかライブ空間的な演出に近いのだな、ということ。
スタッフの得意不得意もあるのだろうけど、
もっと演劇的に作ることが出来るような気がした。
もしくはそこを売りにすればいいのかもしれない。
というよりも、やっていることが無意識的じゃなくて
自覚的であればいいのかなー、って思いました。
自覚的であればいいと言っても、「俺、ほめられて伸びるタイプなんで」とか
っていうのは自覚的であってもそこに安住しちゃっている感じw
自覚的であるのであればそこは言い訳にしちゃいけないんだな。

…なんだかものすごく上から目線になってしまった。
でも全体としてバランスのいい、面白い舞台でした。
身内がお世話になっていることですし、
おそらく関係者の皆様もご覧になることでしょうが
そういったことも分かったうえで書かせていただきますw
好き放題書いてやるさッ!


そう、「自覚的」に書かせていただきます。


本日とあるブログがtwitterのタイムラインに流れてきて
面白かったのでご紹介↓

http://fukushima20110311.blog.fc2.com/blog-entry-54.html

長いブログなのですが、読んでほしい。
とくに後半の反原発運動〜加害の自覚の話は色々考えさせられました。

無意識的に加害者になっていることはよくある。
そのことに自覚的でありたい。
無意識になってしまう、ということは
ある意味、加害者になることは避けられないということなのかもしれない。
でも色んな人の意見や情報を見聞きして、
最終的には自分で判断すればいいのだと思います。
それをせずに判断することは楽だし、簡単なのですが
加害者なのかもしれないという意識が無いって怖いな、と思ったのです。
だからといって「俺、加害者か〜」と鬱になるくらい悩むのもアレですがw

悩みに悩んだあげくの答えはきっと強度があるだろうし、
でもその強度も別の方向からは簡単に崩れることもあるだろう。

「球」がすごいのは正∞面体だということ。
無限の、極小の平面が並び、「球」になっていること。
そうゆう「球」=多面的な視点をもっている、になれたらいいなぁ。

…ハイ、自分でもよくわからなくなってきましたが
多分これから個人が決断を下す、
ということが大事になってくる気がしている、
ということなんです。
そんなん前からそうなんでしょうけど。

社会学者の宮台さんがいうところの「引き受け、考える態度」という
自覚的になるということを
朝に思ったことと、夜に思ったこと=舞台の感想とを
なんとなく繋げてまとめてみた。
深夜はだんだん思考鈍ってくるからまとまっているのかどうか
よくわからなくなる。
読み返してもわからないので、もう寝ますよ。

書き逃げ、書き逃げ、文責は持ちます。
後日気に入らなかったら書き直すかもね〜

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